2020年12月17日

ヨハネ研究の森ニュースレターより 「人類史のはなし(9)」

2020年4月〜5月の休校期間中に配信された
ヨハネ研究の森ニュースレターより、
今回は「都市と『文明』」をお送りいたします。

■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 人類史のはなし ―都市と「文明」―(ニュースレター第11号より)
────────────────────────────■
感染症にも大きなかかわりをもつ、「都市」。
その都市は、自分で食べものや資源をつくり出すことなく、
多くの人間をあつめる、実にふしぎな空間です。

この世界で、はじめて「都市」を中心にした国をつくったのは、
いまから5000年ほど前にさかえた、古代文明のひとつ、
「メソポタミア文明」だといわれています。

そして、感染症が、ヒトの世界で一気に流行しはじめるのも、
ちょうどこの「メソポタミア文明」のころからなのです。

ヒトの世界に「都市」がうまれ、人間の数がふえ、
そして感染症も広がっていく、そんな時代のようすを、
いっしょにながめてみましょう。

◇─────────◇

メソポタミア文明には、はるか昔の紀元前3000年ごろ、
すでに、「ウルク」や「ウル」という名のついた、
ひじょうに大きな都市がありました。

この広い都市のなかには、すでに、5万人もの
人間がくらしていたといわれています。

そして、はるか遠く、地中海やペルシャ湾、
インドのほうからも、たくさんの商人たちが
やってきて、市場や港は大にぎわいだったようです。

さらに、街の中心には、れんがでつくられた
巨大な神殿「ジグラット」が、どん、とかまえています。

◇「最古の国際都市ウル、50年ぶり発掘再開」
 (ナショナルジオグラフィック)

そのころの日本列島は、まだ縄文時代。
三内丸山遺跡のように、大きな集落もありましたが、
ウルクやウルには、ちょっとかなわないかもしれません。

◇─────────◇

さて、こんなにも多くの人の命をささえたものは、
やはり、農耕と牧畜でした。

「メソポタミア」ということばには、
「ふたつの川のあいだの土地」という意味があります。

ティグリス、ユーフラテスという、ふたつの川にはさまれた
メソポタミアの土地は、そこでくらすヒトに、
とんでもなく、たくさんの食べものをもたらしました。

この土地に、ひとつぶの麦をまくと、収穫のときには、
なんと、80粒になってかえってきたといわれています。

◇─────────◇

ヨーロッパで、種もみ一つぶから、10粒の小麦が
とれるようになったのが、やっと150年前くらい。
これは、いまの技術をつかっても、20粒くらいだそうです。

80倍にもなって、穀物がかえってくるメソポタミアは、
ほんとうに、豊かな土地だったのでしょう。

さらに、この土地は、羊がはじめて
家畜になった場所だともいわれています。

農耕と牧畜が生みだす、食料と資源は、おおぜいの
ヒトの生活を、十分にささえていくことができたのです。

NHK高校講座「世界史 第2回・オリエント文明」(映像)
 NHK高校講座「世界史 第2回・オリエント文明」(レジュメ)
 ※川の位置などをたしかめるためにも、便利な資料です。

◇─────────◇

農耕による食料にささえられ、都市ができ、国がうまれ、
ヒトが栄えていく段階にたっしたとき、人類はそれを、
「文明(シビライゼーション、civilization)」
と、よびます。

日本語だとわかりづらいのですが、
英語の「シビライゼーション」は、
もともと、「都市(シティ、city)」と
同じ語源からうまれたことばだといわれています。

「文化(culture)」が「耕す(cultivate)」ことと
深いつながりをもっているというなら、
「文明」こそ、まさに「都市」にもとづくもの。

「都市」を中心においた国、古代メソポタミアのような
「都市国家」こそ、人類の文明、繁栄のあかしだというわけです。

◇─────────◇

ところで、農耕によって食べものをつくりはじめると、
なぜ、自分では食べものをつくらない
「都市」が、うまれるのでしょう?

その説明は、学校の教科書と、人類史の研究で、
大きくちがったものになっています。

もしかすると、私たちがいま直面する、感染症の苦しみの
大きな原因も、そこから考えられるかもしれません。

次回のおはなしに、つづきます。

◇■─────────
  本のおすすめ
─────────◇■
山本太郎『感染症と文明 ―共生への道』(岩波新書)
 ※「文明」がつくる感染症流行のさまを、その起源から描きます。
 
posted by stjohns at 16:00 | ニュースレター

2020年10月06日

ヨハネ研究の森ニュースレターより 「人類史のはなし(8)」

季節ははや仲秋を迎え、ヨハネ研究の森コースを包む
矢那の森にも、虫の声が響きわたる頃となりました。

世界的にも新型コロナ禍はまだ収まりを見せない中ですが、
この森の中で、ヨハネ生たちは「学びの生活」をつくり出そうと、
規則正しく、健やかさを保てるよう日々を送っています。

今回は、本年4〜6月に配信されたニュースレターより、
「人類史のはなし」の続きをお送りいたします。

■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 人類史のはなし ―「都市」のふしぎ―(ニュースレター第10号より)
────────────────────────────■
さて、農耕と牧畜がはじまり、私たちヒトは、
それまで、自然のめぐみとして受けとってきた量よりも、
ずっと多くの食べものを、手に入れるようになりました。

そのことが、人類に、新たなわざわいである、
感染症をもたらしたことも、おはなししてきましたね。

しかし、農耕と牧畜をはじめただけであったなら、
感染症は、その土地だけの病気として、それいじょうは
広がることがなかったかもしれません。

◇─────────◇

感染症を、すべての人類にとっての大問題にしたのは、
狩猟生活のころからは考えられないほど、
ヒトの数がふえたことだといわれています。

そして、ヒトが、とくにたくさんあつまる
場所の代表が、「都市」です。

今回の新型コロナウイルスの問題でも、世界じゅうの
都市で、たくさんの人が病気にかかっています。

感染をふせごうと、各国が「都市封鎖(ロックダウン)」を
おこない、都市の人びとの動きを止めているようすは、
みなさんも、ニュースでご覧になっていることでしょう。

◇─────────◇

ところで、よくかんがえてみれば、
「都市」とは、ふしぎなところだと思いませんか。

大きな建物がたちならび、きらびやかな商品がとびかい、
道をうめつくすほどの、たくさんの人間が、「都市」で
ぎゅっと一カ所にあつまってくらしています。

しかし、「都市」そのものは、自分の食べものを
つくる力を、まったくもっていないのです。

それ自体は、ものをつくる力をほとんどもたないのに、
多くのヒトをひきつけ、集める「都市」。

感染症についておはなししていく前に、この
「都市」のふしぎについて、少しふれてみましょう。

◇─────────◇

みなさんのなかに、お米や野菜、肉やミルクなど、
自分の食べものを、自分でつくっている
ご家庭は、どれほどあるでしょうか。

私たちのほとんどが、スーパーマーケットや商店で、
食品や日用品を買いもとめ、それを食べたり
使ったりしながら、生活しているのではありませんか。

「都市」でくらす人の多くは、自分で食料をつくらず、
なにか別の仕事をして、お金をかせいでいます。

そのお金をつかって、ここではない、どこかで、
だれかが用意してくれた、お米や野菜、肉や魚を買い、
毎日を生きているのです。

◇─────────◇

だから、もしお店が閉まってしまうと、都市の人びとは、
その日に食べるものすら、手に入らなくなってしまいます。

新型コロナウイルスのせいで、都市に閉じこめられるかも、と
ニュースになったとき、世界中の大きな街で、買い占めが
おきてしまったのも、モノのなくなる怖さを感じたからでしょう。

では、ひとまかせにせず、自分で食べものを
つくってしまえばよいのでしょうか?

それでは、大都市の人びとの多くは、もしかしたら
うえ死にしてしまうかもしれません。

◇─────────◇

たとえば、東京23区(人口970万人ほど)でかんがえてみると、
平均して、1平方キロメートル(1000m×1000mのはんい)あたり、
1万5千人の人がすんでいる、といわれています。

だいたい、8m×8mのなかに、1人がくらす計算です。
ぎゅうぎゅうですね!
…そうでもない、と思いますか?

これは、けっこう、とんでもない数字なのです。
だって、狩猟採集していたころは、1000m×1000mあたり、
1人くらいしか、人間がいなかったそうですよ。

長谷川眞理子(行動生態学者)「こんなに異常な『ヒト』の行動」 
 (ナショナルジオグラフィック、世界人口から考える日本の未来)

もし、自然にできる食べものだけで生きていこうとすると、
1平方キロメートルくらいの土地が、1人のヒトに必要なのです。

それなら、農耕で食べものをつくろう!…と思っても、
ヒトがぎゅうづめで、作物をうえる土地も、
家畜をそだてる場所も、都市には、ほとんどなさそうですね。

◇─────────◇

都市は、食べものを、自分ではつくりません。
それは、まわりから、集まってくるものです。

文化人類学者である西田正規先生は、かつて、
ヨハネ生からのインタビューにたいして、
「都市は、辺境に寄生している」とおっしゃいました。

西田先生は、都市が、まわりの農村や辺境、つまり
都市からはなれた土地から、生きるために
本当に必要な、食べものを吸いあげている、いいます。

◇─────────◇

都市では、食べものも、日用品のもとになる資源も、
まったく、つくりだすことができません。

そのかわり、都市には、人間がおもわずほしくなる、
めずらしいもの、うつくしいものがそろっています。

きらびやかなファッションや、宝石にいろどられた装飾品、
楽しい遊びや、見たことのないごちそう、などなど…。

そうした、きらきらしたもので、都市は、辺境の人びとを
引きつけ、必要なものを手に入れているのだ、というのです。

◇─────────◇

こうした関係のことを、西田正規先生は、
「寄生」ということばで、あらわしました。

私たちが当たり前のように住みついている「都市」とは、
本当のところ、どのような場所なのでしょうか?

ヒトがあつまれば、感染症のおそろしさは高まります。
それは、新型コロナウイルスの問題をみても、明らかです。

しかし、これだけの人間があつまり、食料があつまり、
「都市」が成立することには、なにか理由があるはずです。

「都市」とは、なぜ、どのようにして生まれたのでしょう。
次回のおはなしに、つづきます。
 
posted by stjohns at 10:00 | ニュースレター

2020年08月22日

ヨハネ研究の森ニュースレターより 「人類史のはなし(7)」

例年より短い夏休みが終わり、ヨハネ生たちも再び、
ここ矢那の森に集うことができました。

新型コロナ禍により予断を許さない状況が続きますが、
健康と安全を大切に守りながら、2学期の「学びの生活」を
より充実したものにしていきたいと願うところです。

今回は、本年4〜6月に配信されたニュースレターより、
「人類史のはなし」をお送りいたします。

■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 人類史のはなし ―「牧畜」と感染症―(ニュースレター第9号より)
────────────────────────────■
前回は、大地をたがやす「農耕」とともに、
家畜をそだてる「牧畜」が、私たちヒトに
大きな変化をうながしてきたことを、おはなししました。

今回は、「牧畜」によって、ヒトがかかえた
大きなわざわいのひとつであり、まさにいま、
私たちが苦しむ、感染症について、考えてみます。

◇─────────◇

人間は、動物を飼いならして「家畜(かちく)」にし、
食べものや衣類を、自分でふやす、牧畜をはじめました。

しかし、すべての動物が、人間によって
家畜になったわけではありません。

進化生物学者のジャレド・ダイヤモンドは、
家畜になった、もっとも重要な5つの生きものは、
ウシ、ヤギ、ヒツジ、ブタ、ウマだといいます。

そのひとつ、ウマについて、なぜ野生のウマが、
ヒトの家畜になったのかを考えてみましょう。

◇─────────◇

かつて、ウマは、ヒトの重要な食べものでした。

狩りをする人間たちは、野を走る、たくさんのウマたちを、
ガケのはしまで追いつめ、そこから追い落として、
一気に狩りつくす、といった方法もとっていたようです。

いちどに、ものすごい数のウマを狩るものですから
(100匹以上が、ガケから落とされた跡もあるそうです)、
野原をうめつくすように走っていたウマたちは、
どんどん数がへっていってしまいました。

しかし、あるときヒトは、ウマの前歯のあいだに
なわ(たづな)を通すと、自分の思うように、ウマを
あやつれることに気づいたといいます。

そして、ウマを大人しくさせ、あやつる方法を見つけたヒトは、
この生きものを自分の手元で飼いはじめ、
ウマは、いまでも重要とされる「家畜」になりました。

◇─────────◇

ある歴史学者の先生は、もし、人類が、
このウマのあやつり方を発見しなかったなら、
ずいぶんむかしに、ウマは人間によって
食べつくされてしまっていただろう、とおっしゃいます。

じっさいに、アメリカ大陸では、ずっとむかし、
野生のウマは絶滅してしまいました。

このウマたちが、死にたえてしまったのは、
世界じゅうを移動していた人間が、
アメリカ大陸にやってきた、およそ1万年前ごろ。

ウマ絶滅の理由は、いろいろ考えられていますが、
いまは、ヒトが狩りすぎたのだ、という説が有力です。

ともあれ、ヒトのそばにいる生きものがあらわれ、
私たちの生活は、家畜の近くで暮らすことが、
当たり前のものになっていきました。

◇─────────◇

しかし、このことが、ヒトに、新たな試練をもたらします。

もともと、野生の動物がもっていた病原体(ウイルスなど)が、
ヒトの社会に、つぎつぎと、はいりこんできたのです。

ジャレド・ダイヤモンドが「家畜のくれた死の贈り物」と
表現する、さまざまな病気が、人類をおそいはじめました。

◇─────────◇

いまも人間に身近であり、たいせつなパートナーとなった
イヌからは、おそろしい感染力をもつ「麻疹(はしか)」が。

畑をたがやす労働力になり、乳や肉も手に入る、ウシからは、
人類をいくども危機においやった「天然痘(てんねんとう)」が。

かんたんに飼うことができ、肉や卵が手に入る、アヒルからは、
私たちに毎年おなじみの「インフルエンザ」が。

たくさんの肉がとれ、おとなしい性格の、ブタからは、
いまなお年間20万人が亡くなる「百日咳(ひゃくにちぜき)」が。

私たち人類の社会に広がっている、さまざまな感染症が、
「牧畜」によって、逃げられない、身近なものとなったのです。

◇─────────◇

ただ、こうした感染症も、ヒトの数が少なければ、
小さな村や、その土地だけの病気で終わったのかもしれません。

しかし、定住し、農耕と牧畜をはじめた人類には、
この感染症を、爆発的に広げる条件が、
そろいはじめていました。

狩猟採集のころでは考えられなかったほど、
多くの人間があつまり、ひとつの場所でくらす、
「都市」が、人類の社会に生まれていたのです。

次回のおはなしに、つづきます。

◇■─────────
  本のおすすめ
─────────◇■
ジャレド・ダイヤモンド著、倉骨彰訳
 『銃・病原菌・鉄』
(上下巻、草思社) 
 ※第9・11章で、人類と家畜、感染症のかかわりが語られます。
 
posted by stjohns at 10:00 | ニュースレター